安心して来館するために:ミュージアムの事前情報提供(ウェブ・パンフレット)をインクルーシブにする具体的な方法
はじめに:なぜ事前情報提供がインクルーシブ化の第一歩となるのか
ミュージアムへの来館は、多くの方にとって非日常的な体験です。特に、初めて訪れる方や、高齢の方、障害のある方、小さなお子様連れの方など、様々な背景を持つ方にとっては、事前の情報が来館へのハードルを下げる上で非常に重要となります。
「安心して来館できる」とは、単に場所が分かるだけでなく、館内の設備、移動のしやすさ、展示の内容、混雑の程度、利用できるサービス、そして何か困ったときにどうすれば良いのか、といった情報を事前に把握できている状態を指します。この「安心感」を提供することが、インクルーシブなミュージアムづくりの大切な第一歩となります。
本稿では、特に地方の小規模ミュージアムで働く学芸員の皆様が、限られた予算や人員の中でも実践できる、ウェブサイトやパンフレットを通じた事前情報提供の具体的な改善方法について解説します。
現在の事前情報提供に見られる課題
多くのミュージアムでは、ウェブサイトやパンフレットに基本的な情報(開館時間、料金、アクセス方法など)は掲載されています。しかし、以下のような点がインクルーシブな視点から見ると課題となることがあります。
- 情報が散在している: バリアフリー情報、休憩スペースの有無、授乳室、おむつ交換台、多目的トイレなどの情報が、ウェブサイト内の分かりにくい場所に点在しており、探しにくい。
- 専門用語や分かりにくい表現: アクセス方法の案内や展示内容の説明に、専門用語が多く使われていたり、視覚情報に依存しすぎていたりする。
- 視覚的な情報に偏っている: 文字情報が多く、図やピクトグラム、写真、動画などが少ない、あるいは提供されていない。
- アクセシビリティへの配慮不足: ウェブサイトの文字サイズが変更できなかったり、配色が見えにくかったり、画像に代替テキストが設定されていなかったりする。印刷物も、文字が小さすぎる、コントラストが低いなどの問題がある。
- リアルタイム情報や具体的な状況が不明: 館内の混雑状況、展示室内での特定の配慮(音の大きさ、光の刺激など)について、事前に把握できる情報がない。
- 問い合わせ先が分かりにくい、あるいは問い合わせへのハードルが高い: 困ったときに誰に、どのように問い合わせれば良いか明確でない、あるいは電話しか選択肢がない。
これらの課題は、特定のニーズを持つ方が来館をためらう原因となったり、「行ってみないと分からない」という不安につながったりします。
インクルーシブな事前情報提供のポイント
では、どのように情報提供を改善すれば良いのでしょうか。重要なのは、「どのような人が、どのような情報を求めているか」を想像し、それを分かりやすく、探しやすく提供することです。
1. どのような情報が必要か?
基本的な情報に加え、以下のような情報がインクルーシブな来館を支えます。
- アクセスに関する詳細:
- 最寄り駅からの徒歩ルート(勾配、段差、舗装状況、所要時間など)
- バス停からのルート
- 駐車場情報(駐車場の種類、台数、料金、優先駐車スペースの有無・場所)
- 送迎車の乗り降り場所
- 館内施設・設備に関する詳細:
- 入口の種類(自動ドア、手動ドア)、段差の有無、スロープの有無・場所
- フロア構成、各フロアへの移動手段(階段、エレベーター、エスカレーター)とそれらの利用に関する情報
- 館内の段差、通路幅、展示室入口の状況
- 休憩スペースの場所、数、椅子の種類(背もたれの有無など)
- トイレの種類(一般、多目的)、場所、設備(手すり、ベビーキープ、おむつ交換台など)
- 授乳室の有無、場所、設備
- クローク、コインロッカーの有無、場所、サイズ
- ミュージアムショップ、カフェ、レストランの場所、特徴
- 展示に関する詳細:
- 展示室内の明るさ、音の大きさ、匂い、温度などの感覚情報
- 特定の展示物に関する注意喚起(点滅する光、大きな音、触れられる展示の有無など)
- 文字解説の文字サイズ、コントラスト、使用言語
- 音声解説、手話解説、点字解説、触察展示、レプリカなどの補助ツールの有無
- 混雑しやすい時間帯や展示室
- サービス・配慮に関する詳細:
- 車椅子、ベビーカーの貸出の有無、台数、予約の可否
- 筆談、要約筆記、手話通訳などが必要な場合の対応
- 補助犬(盲導犬、介助犬、聴導犬)の同伴について
- 救護室の有無、場所
- 飲食、休憩、再入館に関するルール
- その他、個別に対応可能な配慮事項の例
- 問い合わせ先:
- 電話番号、メールアドレス、問い合わせフォームなど、複数の連絡手段
- 対応可能な時間帯
2. 情報をどのように提供するか?
必要な情報を洗い出したら、それをどのように提示すれば、より多くの人に分かりやすく、探しやすく伝わるかを考えます。
ウェブサイトでの改善
ウェブサイトは、最も手軽に情報を更新・追加できる媒体です。
- 「ご来館案内」や「アクセシビリティ」といった専用ページの設置: バリアフリー情報、多目的トイレ、休憩スペースなど、インクルーシブな来館に関する情報を一箇所にまとめます。これにより、利用者が情報を探しやすくなります。既存のページに「バリアフリー情報はこちら」のようにリンクを貼るだけでも効果があります。
- 分かりやすい言葉遣いと構成: 専門用語は避け、平易な言葉で説明します。長い文章は避け、箇条書きなどを活用します。見出しや小見出しを効果的に使用し、情報の階層を明確にします。
- 写真や動画、図の活用: 文字情報だけでは伝わりにくい場所や設備(入口の段差、エレベーターの内部、多目的トイレの設備、休憩スペースの様子など)は、写真や簡単な図を添えることで理解が深まります。館内の雰囲気が分かる動画も有効です。
- ピクトグラムの活用: トイレ、エレベーター、授乳室、AEDなどの設備は、国際的に通用するピクトグラムを併記することで、言語に関わらず情報を伝えることができます。
- ウェブアクセシビリティへの配慮:
- 文字サイズの変更機能を提供する、またはブラウザの機能で変更しやすいようにCSSを設計する。
- 背景と文字色のコントラストを十分にとる(色の見えにくい方への配慮)。
- 画像には代替テキスト(
alt
属性)を設定し、読み上げソフトを利用する方が画像の情報を把握できるようにする。 - キーボード操作のみで主要な情報にアクセスできるようにする。
- 動画には字幕を提供する。
- これらは専門的な知識が必要な場合もありますが、まずはコントラスト比のチェックツールを使ってみる、代替テキストを意識的に入れるなど、小さなことから始めることができます。
- FAQ(よくある質問)の充実: 想定される質問に対する回答をまとめて掲載することで、問い合わせの手間を省き、自己解決を促します。「車椅子での利用は可能ですか?」「大きな荷物は預けられますか?」「音に敏感なのですが、静かな休憩スペースはありますか?」といった、多様なニーズを反映したFAQを作成します。
- 問い合わせ先の明確化: 電話番号、メールアドレス、問い合わせフォームへのリンクを分かりやすい場所に記載します。可能であれば、問い合わせの多い時間帯や、メールの返信にかかる目安時間なども示します。
パンフレット・印刷物での改善
紙媒体は、ウェブサイトにアクセスできない方や、現地で情報を確認したい方にとって重要です。
- 情報の厳選と分かりやすいレイアウト: 限られたスペースに全ての情報を載せるのは難しいため、特に重要度の高い情報(アクセス、館内マップ、主要設備、問い合わせ先など)を厳選します。図やピクトグラムを積極的に活用し、文字情報を補います。
- UD(ユニバーサルデザイン)フォントの使用: 誰もが読みやすいとされているUDフォントを使用します。
- 文字サイズとコントラスト: 文字サイズを大きくする、行間を広げる、背景と文字色のコントラストを明確にするなど、視覚に障害のある方や高齢者にも配慮したデザインを心がけます。
- 多言語対応・やさしい日本語: 必要に応じて多言語版を作成したり、外国人や知的障害のある方にも分かりやすい「やさしい日本語」で記述したりします。
- 点字・大活字版の作成: 予算や需要に応じて、点字版や文字サイズを非常に大きくした大活字版のパンフレットも用意できると理想的です。これは外部の専門業者やボランティア団体に依頼することも検討できます。
- 配布場所の検討: 受付、インフォメーションだけでなく、地域の福祉施設、図書館、病院などにも置いてもらうことで、必要としている方に情報が届きやすくなります。
予算や人員が限られる場合のアイデア
地方の小規模ミュージアムでは、専門の担当者がいない、ウェブサイトの改修に多額の費用をかけられない、といった課題があるかと思います。そのような場合でもできることはたくさんあります。
- 既存のウェブサイトへの追記: ウェブサイト全体のデザイン変更が難しくても、「ご来館案内」や「施設概要」といった既存のページに、新しい情報を追記したり、箇条書きでまとめ直したりすることは比較的容易です。
- 簡易的なHTML編集: ウェブサイトの管理者に、テキストの追加や簡単なリンク設定、画像の挿入などを依頼するだけであれば、大きな費用はかからないことが多いです。
- 既存のパンフレットの改訂: 次の印刷タイミングで、文字サイズやレイアウトを少し見直す、ピクトグラムを追加するといった改訂を行います。すぐに印刷できない場合は、情報補足用の簡単なリーフレットを別途作成するのも良いでしょう。
- 無料ツール・テンプレートの活用: ウェブサイト作成ツールや、パンフレット作成のテンプレートなど、無料または低コストで利用できるものを活用することも有効です。
- 地域の団体との連携: 点字訳や大活字化などは、地域の点訳・音訳ボランティア団体や福祉施設などに相談できる場合があります。共催事業などを通じて協力体制を築くことも考えられます。
- 優先順位をつける: 全ての情報を一度に改善しようとせず、特に要望が多い情報(例:トイレ、アクセス)から優先的に整備を進めるなど、段階的に取り組むことを検討します。
事例紹介(一般的な取り組みとして)
- あるミュージアムでは、ウェブサイトの「アクセスマップ」ページに、最寄り駅からミュージアムまでの写真付きルート案内を追加しました。これにより、道順に不安がある方でも安心して来館できるようになりました。
- 別のミュージアムでは、ウェブサイトに「はじめての方へ」というページを設け、館内の写真とともに受付から主要展示室までの流れ、利用できる設備などを詳しく解説しました。
- ある地域博物館では、視覚障害のある方向けに、主要展示物の触察用レプリカに関する情報をまとめた大活字・点字併記のリーフレットを作成し、地域の視覚障害者団体に配布しました。
これらの事例のように、大掛かりな改修ではなくても、情報を分かりやすく整理し、提供方法を工夫するだけで、来館者の安心感は大きく向上します。
関連情報・相談先
- ウェブアクセシビリティに関する情報:
- WAIC (ウェブアクセシビティ基盤委員会): https://waic.jp/ (WCAGなどのガイドライン情報が入手できます)
- ユニバーサルデザインフォントに関する情報:
- 各フォントメーカーのウェブサイトなどで、UDフォントの概要や利用方法を確認できます。
- 点訳・音訳・大活字化に関する情報:
- お住まいの地域の社会福祉協議会や、点訳・音訳ボランティア団体に問い合わせることで、協力者や情報源が見つかる可能性があります。
- 地域のNPOや支援団体:
- 障害者支援団体、高齢者福祉団体など、地域の様々な団体が、情報提供のあり方について具体的なアドバイスや協力をしてくれることがあります。
まとめ:小さな一歩が大きな安心に
インクルーシブな事前情報提供は、特別なことではなく、来館者への基本的なおもてなしの一つです。ウェブサイトの分かりにくい情報を整理する、パンフレットの文字サイズを少し大きくしてみる、写真やピクトグラムを追加してみるなど、小さな一歩から始めることができます。
これらの取り組みは、特定のニーズを持つ方だけでなく、より多くの来館者にとっての「分かりやすさ」や「使いやすさ」につながります。ぜひ、皆様のミュージアムのウェブサイトやパンフレットを見直し、すべての人が安心して来館できるための一歩を踏み出していただければ幸いです。