学芸員ができる:チーム内のインクルーシブなコミュニケーションを育む具体策
はじめに:なぜミュージアムのチームでインクルーシブなコミュニケーションが重要なのか
小規模であっても、ミュージアムの運営は多くの人々の協力によって成り立っています。正規職員、契約職員、パート・アルバイト、ボランティア、派遣スタッフなど、多様な働き方や背景を持つ人々が一つのチームとして活動しています。来館者向けのインクルーシブな取り組みを進める上で、まずチーム内部でインクルーシブなコミュニケーションが図られていることは、非常に重要な基盤となります。
チーム内のコミュニケーションが円滑でインクルーシブであることは、単に職場の雰囲気を良くするだけでなく、情報共有の精度を高め、課題解決能力を向上させ、最終的にはより質の高い来館者サービスや展示・プログラムの提供に繋がります。特に限られた人員で運営される地方の小規模ミュージアムにおいては、一人ひとりの力が最大限に発揮され、互いに補い合えるチームワークが不可欠です。
この視点から、この記事では、学芸員が自身の立場からチーム内のコミュニケーションをよりインクルーシブなものにするために実践できる具体的なアプローチについてご紹介します。
チーム内のコミュニケーションにおける課題とインクルーシブな視点
ミュージアムのチーム内では、以下のような様々なコミュニケーション上の課題が存在する可能性があります。
- 情報共有の偏り: 特定の担当者や部署に情報が滞留し、必要な人に届かない。
- 立場の違いによる遠慮: 若手職員や非正規スタッフが意見を表明しにくい雰囲気がある。
- 専門用語の多用: 部署特有の専門用語が、他のメンバーにとって理解の妨げとなる。
- 暗黙の了解: 長年の慣習や人間関係に基づく「言わなくても分かるだろう」という前提。
- 会議や打ち合わせの非効率性: 時間内に結論が出ない、一部の人だけが話す、議事録がない、など。
- 多様な働き方への無理解: シフト勤務者や在宅勤務者との情報共有や連携の難しさ。
- ハラスメントや差別的な言動: 意図的でなくても、特定の属性を持つメンバーを不快にさせる言動。
インクルーシブなコミュニケーションとは、こうした障壁を取り除き、「すべてのチームメンバーが、自身の意見や感情を安心して表明でき、他者の意見を尊重し、必要な情報にアクセスできる状態」を目指すことです。これは特別なスキルや予算が必要なことばかりではなく、日々の意識と小さな工夫から始めることができます。
学芸員ができる具体的な実践策(低予算・少人数向け)
チーム内のインクルーシブなコミュニケーション推進において、学芸員が自身の立ち位置から影響を与えられる具体的な行動をいくつかご紹介します。
1. 「聴く」姿勢を意識する
コミュニケーションは話すことだけではなく、聴くことから始まります。
- アクティブリスニング: 相手の話に耳を傾け、相槌やうなずきで理解を示し、適度に質問を挟むことで、相手が安心して話せるように促します。「つまり、〜ということですね?」のように、相手の話を要約して確認することも有効です。
- 非言語コミュニケーションへの配慮: 相手の表情や声のトーンにも注意を払うことで、言葉の裏にある意図や感情を理解しやすくなります。同時に、自身の非言語サイン(腕組み、そっぽを向くなど)が相手に与える印象にも気を配りましょう。
- 傾聴の機会を設ける: 休憩時間や業務の合間に、意図的にスタッフと短時間話す機会を持ち、「最近どうですか?」「何か困っていることはありますか?」など、個人的な声を聞く時間を作ることも有効です。
2. 分かりやすい言葉遣いと丁寧な説明を心がける
専門性を持つ学芸員は、意図せず専門用語を使ってしまいがちです。
- 専門用語の補足: チーム内に専門分野外のメンバーがいる場合、専門用語を使う際には簡単な補足説明を加える、あるいは可能な限り平易な言葉に言い換えることを意識します。
- 丁寧な依頼・指示: 何かを依頼する際や指示を出す際には、その背景や目的を明確に伝えることで、相手は納得して行動しやすくなります。一方的な命令口調は避け、協力をお願いする姿勢を示しましょう。
- フィードバックの工夫: 相手の行動に対するフィードバックは、「〇〇という行動は、〜という点で非常に助かります」のように、具体的に、かつ肯定的な言葉で伝えることを心がけます。改善を求める場合も、人格を否定するのではなく、「〜のようにしてみるのはどうでしょう?」と提案する形をとります。
3. 情報共有の方法を工夫する
情報が公平に、かつ必要なタイミングで共有される仕組みを考えます。
- 会議・打ち合わせの改善:
- 事前にアジェンダ(議題)を共有し、参加者が準備できるようにする。
- 会議の目的(情報共有か、意見交換か、意思決定か)を明確にする。
- 議事録を作成し、全員がいつでもアクセスできる場所に保管・共有する。
- 発言機会が偏らないよう、ファシリテーションを意識する(特定の人が話しすぎないように促す、発言しづらそうな人に話を振るなど)。
- 非同期コミュニケーションの活用: 全員が同じ時間に集まるのが難しい場合、メール、共有フォルダ、チャットツール、簡単な掲示板などを活用し、非同期でも情報が共有・確認できる仕組みを作ります。重要な情報は口頭だけでなく、必ず文書としても残しましょう。
- 情報格差の解消: 特定のメンバー(例:週1日勤務のボランティア、特定の部署のみに所属するスタッフ)が情報から取り残されていないか意識し、意図的に情報を届ける努力をします。
4. 心理的安全性が高く、意見を表明しやすい環境をつくる
チームメンバーが「これを言ったらどう思われるだろう」「馬鹿にされないだろうか」といった恐れを感じずに、自由に意見や疑問、懸念を表明できる雰囲気を醸成します。
- 多様な意見の歓迎: 異なる意見が出たときに、頭ごなしに否定せず、「そういう考え方もあるのですね」と一度受け止める姿勢を示します。建設的な議論を促し、「正解は一つではない」という意識を共有します。
- 「分からない」と言いやすい雰囲気: 分からないことを質問することは恥ずかしいことではない、という共通認識を作ります。質問された側も、丁寧に回答する姿勢を示します。
- 失敗を許容する文化: 新しい試みには失敗がつきものです。失敗したことを責めるのではなく、そこから何を学べるかに焦点を当て、次の行動に活かす建設的な態度を共有します。
5. 多様な背景を持つメンバーへの配慮
チームには、年齢、性別、国籍、障害の有無、雇用形態、経験、価値観など、様々なバックグラウンドを持つメンバーがいます。
- 個別のニーズの理解: 必要に応じて、特定のメンバーが働きやすく、チームの一員として貢献するために必要な配慮(例:休憩スペースの確保、特定の時間帯での業務調整、情報の提供方法の工夫など)について、本人と対話を通じて理解に努めます。
- ステレオタイプや偏見の排除: 無意識のうちに特定の属性に対する偏見に基づいた言動をしていないか、常に自身を振り返ります。チーム内でそうした言動が見られた場合に、穏やかに、しかし毅然とした態度で問題提起することも必要になる場合があります。
- 多言語でのコミュニケーション: 必要に応じて、多言語での情報提供(簡単なマニュアルの多言語化など)や、翻訳ツール・サービスを活用することも視野に入れます。
実施上の考慮点と継続のために
インクルーシブなコミュニケーションをチームに根付かせるには、時間と継続的な努力が必要です。
- 小さな一歩から始める: いきなり全てを変えようとするのではなく、まずは「会議で一人ずつ近況を話す時間を設ける」「議事録を共有する」「専門用語リストを作成する」など、チームで合意形成しやすい小さなことから始めてみましょう。
- チーム全体での意識共有: 可能であれば、チーム内でインクルーシブなコミュニケーションの重要性について話し合う機会を設けます。全員が「より良いチームを作りたい」という共通認識を持つことが重要です。
- 継続的な振り返り: 定期的にチームのコミュニケーションについて振り返り、「うまくいっていること」「改善が必要なこと」を話し合う機会を持ちます。
関連情報と相談先
組織内のコミュニケーション改善やチームビルディングについては、様々な知見やリソースが存在します。
- 関連書籍やウェブサイト: 組織開発、チームビルディング、心理的安全性、ハラスメント防止などに関する書籍や専門機関のウェブサイトが参考になります。
- 研修プログラム: 予算が許せば、コミュニケーション研修やハラスメント防止研修などをチームで受講することも有効です。自治体の提供する研修なども確認してみましょう。
- 専門家: 必要に応じて、組織開発コンサルタントや産業カウンセラーなどの専門家に相談することも選択肢となり得ますが、まずは学芸員個人やチーム内でできることから取り組むのが現実的でしょう。
まとめ
ミュージアムのチーム内におけるインクルーシブなコミュニケーションは、すべてのメンバーが安心して能力を発揮し、互いに尊重し合いながら働くための基盤となります。これは特別な大掛かりな取り組みではなく、日々の小さな意識や工夫の積み重ねによって実現できます。
学芸員として、まずはご自身のコミュニケーションスタイルを見直し、チームメンバーの声に耳を傾け、分かりやすい言葉で伝え、誰もが意見を表明しやすい雰囲気づくりを心がけることから始めてみましょう。インクルーシブなチームは、きっと来館者にとってもより心地よく、学びの多いミュージアム体験を提供することに繋がるはずです。