学芸員ができる:資料の情報アクセシビリティを高める具体的な方法(低予算・少人数向け)
すべての来館者が資料に「アクセス」できるように
ミュージアムの中心は収蔵・展示資料です。私たちはこれらの資料を通して、歴史や文化、自然の素晴らしさを伝えています。しかし、多くの場合、資料に関する情報は視覚情報(解説パネルの文字、展示資料の見た目)に偏りがちです。視覚に障害のある方、文字情報を理解するのが難しい方など、さまざまな方が資料から学びを得るためには、情報の提供方法に工夫が必要です。
特に地方の小規模ミュージアムでは、専門部署や潤沢な予算がない中で、どこから手をつければよいか悩むことも多いでしょう。この記事では、限られた予算と人員でも実践できる、資料そのものや資料に関する情報へのアクセシビリティを高める具体的な方法をご紹介します。
資料の情報アクセシビリティにおける課題
資料の情報アクセシビリティを高める上で、多くのミュージアムが直面する課題として、以下のような点が挙げられます。
- 情報伝達形式の偏り: 解説パネルやキャプションが文字情報中心で、視覚以外の情報が少ない。
- 触覚機会の不足: 資料そのものや関連資料に触れる機会がほとんどない。
- 代替フォーマットの欠如: 点字、音声解説、拡大文字、やさしい日本語など、多様な形式での情報提供が不十分。
- デジタル情報の利用困難: ウェブサイト上の資料情報やオンラインコンテンツがアクセシブルではない場合がある。
- 予算と人員の制約: 新たな情報ツール導入やコンテンツ作成のための費用や人手が足りない。
これらの課題に対し、大きな改修や大規模なシステム導入ではなく、身近な工夫から始めることが可能です。
低予算・少人数で実現する資料の情報アクセシビリティ向上策
1. 視覚情報以外の提供を増やす
解説パネルの情報を補完する形で、視覚以外の感覚に訴える情報を提供します。
- 音声解説:
- 簡易録音: 学芸員やボランティアが解説文を読み上げた音声を録音し、特定の資料の近くにQRコードでアクセスできるようにします。スマートフォンの標準機能や無料の録音アプリで十分です。
- ボランティア活用: 視覚障害者向け音訳ボランティア団体などと連携し、解説文の音訳を依頼することも検討できます。
- 点字解説・触察図:
- 外部連携: 地域の点訳・音訳ボランティア団体や視覚障害者支援センターに相談します。解説文の点訳や、資料の形状を簡略化した触察図の作成についてアドバイスや協力を得られる可能性があります。
- 簡易作成: 全ての資料に対応は難しくても、数点主要な資料について点字ラベルや簡単な触察図(厚紙とボンドなどで作成)を設置するだけでも、大きな違いが生まれます。
- 拡大文字・UDフォント:
- 解説文の見直し: 既存の解説パネルをそのままにせず、より大きな文字サイズやユニバーサルデザイン(UD)フォントを使用した解説文を別途用意し、希望者に配布したり、特定の場所に設置したりします。
- タブレット活用: 安価なタブレット端末を用意し、解説文を拡大表示できるようにしておくと、視覚に不安のある方にとって非常に有用です。
- やさしい日本語:
- 解説文全体をすぐに書き換えるのが難しくても、重要な資料数点について、やさしい日本語版の解説文を作成し、配布またはQRコードでアクセスできるようにします。専門家(やさしい日本語を推進する団体など)に相談しながら進めることが重要です。
2. 触覚機会を提供する
視覚情報だけでは理解しにくい資料について、触れる機会を提供します。
- レプリカ・模型:
- 簡易制作: 資料の形状を理解するための簡単な模型や、素材感を伝えるレプリカを学芸員やボランティアが手作りします。例えば、土器の質感を表す粘土片、織物の種類を示す布サンプルなどです。
- 3Dプリンター活用: もし利用できる環境があれば、小型の資料の簡易な3Dプリントモデルを作成することも有効です。
- 素材サンプル: 展示資料に使われている素材そのもの(岩石、木材、繊維など)や、関連する素材サンプル(例:資料が〇〇製なら、その〇〇の未加工の状態)を用意し、触れるコーナーを設けます。
- 限定的な実物資料へのアクセス:
- 解説付き体験: 事前予約制や特定の時間限定で、手袋越しに資料に触れる機会(学芸員による解説付き)を設けることを検討します。ただし、資料の保存状態や性質を考慮し、専門的な判断が必要です。
- 収蔵庫資料の閲覧: 収蔵庫にある資料について、研究目的以外でも申請に基づいて触れる機会を設けるなど、柔軟な対応を検討します。
3. 情報整理と提供方法の工夫
情報そのものの構造や提示方法を見直すことで、理解しやすさを高めます。
- 解説文の構造化: 長文になりがちな解説文を、まず要約、次に詳細というように構造化します。重要なポイントを太字にするなど、視覚的な配慮も加えます。
- 資料データベースの改善: ミュージアムのウェブサイトで公開している資料データベースがある場合、画像への代替テキスト(alt属性)の追加、キーボード操作への対応など、ウェブアクセシビリティの基準に沿った改善を行います。
実施上の考慮点
- 優先順位付け: 全ての資料、全ての情報形式に対応することは困難です。まずは来館者の関心が高い資料や、特に情報アクセシビリティの課題が大きいと思われる資料から取り組みを始めます。
- 既存リソースの活用: すでに館内に存在する拡大鏡、老眼鏡、筆談器などを資料情報へのアクセス支援にも活用できないか検討します。
- 来館者の声を聞く: 実際に取り組みを始める前に、視覚に障害のある方や、情報アクセシビリティについて課題を感じている可能性のある方から、どのような情報提供があれば助かるか、ヒアリングを行うことが重要です。
- 外部連携の活用: 地域のボランティア団体、福祉施設、特別支援学校、アクセシビリティ専門家など、外部の専門知識や協力を積極的に求めます。
- 継続的な改善: 一度実施して終わりではなく、来館者の反応を見ながら、継続的に改善を重ねていく姿勢が重要です。
まとめ
資料の情報アクセシビリティを高めることは、特定の来館者への配慮に留まらず、すべての来館者にとって資料への理解を深め、ミュージアムでの体験をより豊かなものにすることにつながります。限られた予算と人員であっても、既存のリソースを活用したり、外部と連携したりすることで、できることは多くあります。
まずは一歩、自館の資料の中で「この資料の情報はもっと多様な方法で伝えられるのではないか」と考えることから始めてみましょう。小さな工夫の積み重ねが、すべての人に開かれたミュージアムづくりへと繋がっていくはずです。
この記事で紹介した内容はあくまで一例です。自館の資料の特性や来館者のニーズに合わせて、最適な方法を検討してください。必要に応じて、関連する専門家や団体に相談することも有効な手段です。