学芸員のための：インクルーシブなボランティアスタッフ募集・研修・運営の具体策
はじめに：なぜボランティアスタッフがインクルーシブ化の鍵となりうるのか
地方の小規模ミュージアムでは、限られた予算と人員の中で運営を行っているのが現状です。展示の企画・運営に加え、広報、教育普及、施設の維持管理など、学芸員の業務は多岐にわたります。このような状況において、「すべての人が楽しめるミュージアムづくり」というインクルーシブ化の推進は、重要性を理解しつつも、実践に向けたリソース確保が大きな課題となりがちです。
ここで注目したいのが、ボランティアスタッフの存在です。地域住民や学生、あるいはミュージアムの活動に共感する多様な人々がボランティアとして関わることは、単に人手が増えるというだけでなく、ミュージアムに新たな視点やスキルをもたらし、地域との連携を深める機会となります。特に、多様な背景を持つ来館者への理解促進や、きめ細やかな対応の実現において、適切な募集・研修・運営を経たボランティアスタッフは、インクルーシブなミュージアムづくりを力強く推進する存在となりうるのです。
本稿では、学芸員の視点から、インクルーシブなミュージアムづくりに貢献するボランティアスタッフをどのように募集し、育成し、共に活動していくかについて、具体的なステップと考慮すべき点をご紹介します。
ボランティアスタッフ活用のメリットと期待される役割
インクルーシブなミュージアム運営において、ボランティアスタッフは以下のようなメリットをもたらし、多様な役割を担うことが期待されます。
- 学芸員の負担軽減: 日常的な案内業務、展示補助、イベント時のサポートなどを担うことで、学芸員がより専門的な業務や企画立案に集中できます。
- 多様な視点とスキルの導入: 地域住民や障害当事者、専門スキル（手話、外国語、ITなど）を持つ人々が関わることで、これまで気づかなかった課題やニーズへの対応、新しいサービス開発につながります。
- 地域との連携強化: ボランティア活動を通じて地域との接点が増え、ミュージアムが地域に開かれた存在であることがより明確になります。
- きめ細やかな情報提供・コミュニケーション: 視覚障害者向けの手引きガイド、聴覚障害者向けの手話通訳補助、外国語での簡単な案内、知的障害のある方への分かりやすい説明など、個別のニーズに応じたサポートが可能になります。
- 居心地の良い空間づくり: 来館者との気軽な会話や声かけ、困っている人への自然なサポートなど、温かい雰囲気の醸成に貢献します。
期待される役割は、ミュージアムの規模や特性、ボランティアのスキルによって様々ですが、来館者と直接関わる機会だけでなく、バックヤードでの資料整理補助や広報物の作成補助など、多岐にわたります。
インクルーシブなボランティアプログラム構築のステップ
インクルーシブな視点を持ってボランティアスタッフを募集、研修、運営するためには、計画的なアプローチが重要です。
ステップ1：ボランティアプログラムの目的と役割を明確にする
まずは、なぜボランティアが必要なのか、彼らにどのような役割を担ってもらいたいのか、インクルーシブ化の推進においてどのような貢献を期待するのかを具体的に定義します。これにより、募集のターゲットや研修内容が明確になります。
- 目的例:
- 多様な来館者への対応力強化
- 特定のアクセシビリティサポート（例：音声ガイド補助）の提供
- 教育普及プログラムにおける個別支援の充実
- 役割例:
- 館内案内・展示室での簡単な質問対応
- 特定の来館者層（例：車いす利用者、ベビーカー利用者）への移動補助
- イベントやワークショップでの参加者サポート
- やさしい日本語など、分かりやすい言葉での情報提供補助
- 休憩スペースや設備の利用案内
ステップ2：インクルーシブな視点を持った募集を行う
多様な人々がボランティアとして参加できるよう、募集方法や告知内容に配慮が必要です。
- 募集 대상: 特定のスキル（手話、外国語など）を持つ人に限らず、インクルーシブ化に関心がある人、人と話すのが好きな人など、幅広い層に呼びかけます。年齢、性別、障害の有無、国籍などを問わないことを明記します。
- 募集方法: ウェブサイト、SNSだけでなく、地域の広報誌、公民館、福祉施設、特別支援学校、日本語教室など、多様なチャネルを活用します。説明会を開催する場合は、アクセスしやすい場所・時間を選び、オンライン参加の選択肢も検討します。
- 募集要項: 活動内容、求められること（特別なスキルは必須か任意か）、活動時間、謝礼や交通費の有無などを明確に記載します。加えて、「多様な方々の来館を歓迎し、共に楽しめるミュージアムを目指しています」「インクルーシブ化にご関心のある方歓迎」といったメッセージを含めると、意欲のある人が集まりやすくなります。活動にあたって特別な配慮が必要な場合は、事前に相談できる窓口を示すことも重要です。
ステップ3：実践的な研修プログラムを実施する
ボランティアスタッフが自信を持って活動できるよう、適切な研修は不可欠です。インクルーシブな視点を組み込んだ研修内容とします。
- 基礎研修:
- ミュージアムの概要、歴史、展示内容の紹介
- インクルーシブデザイン、アクセシビリティの基本的な考え方
- 多様な来館者（高齢者、障害のある方、外国人、小さな子ども連れなど）のニーズと対応の基本
- ユニバーサルマナーや合理的配慮に関する知識
- 館内のバリアフリー設備やサービスについての説明
- 個人情報保護、緊急時の対応、AEDの使用方法など
- 実践研修:
- ロールプレイング形式での接遇・案内の練習（多様な状況を想定）
- 簡単な手話や、やさしい日本語での説明練習
- 音声ガイド機器や車いすなど、関連備品の使用方法
- 展示解説の補助方法
- 研修方法の工夫: 講義形式だけでなく、グループワーク、実技練習、他のミュージアムの視察などを組み合わせます。当事者講師や専門家を招いた研修は、理解を深める上で非常に有効です。研修資料は、誰にでも分かりやすい表現、文字サイズの配慮などを心がけます。
- 継続研修: 一度きりの研修ではなく、定期的な勉強会や情報交換会を開催し、知識やスキルをアップデートし、疑問や不安を解消できる機会を設けます。
ステップ4：ボランティアスタッフと共に活動し、サポートする
ボランティアスタッフが安心して意欲的に活動できるよう、適切な運営体制とサポートが必要です。
- 役割分担と情報共有: 個々のスキルや希望、研修内容を踏まえ、適切な役割を割り振ります。活動内容や連絡事項は、周知徹底し、いつでも確認できる仕組みを作ります。
- 相談窓口の設定: 活動中に困ったことや判断に迷うことがあった場合に、すぐに相談できる担当者や窓口を明確にします。
- フィードバックと評価: 定期的に活動内容についてフィードバックを行い、良かった点や改善点、今後挑戦したいことなどを共有します。ボランティアの意見や提案は、ミュージアム運営の改善に活かすことができます。
- 安全確保: ボランティア活動中の事故に備え、保険加入を検討します。緊急時の連絡体制も整備します。
- 感謝の表明: ボランティアスタッフは無償（あるいは低額）で活動してくれています。定期的な交流会や、活動報告会での表彰など、日頃の感謝を伝える機会を設けることは、モチベーション維持に繋がります。
実施上の考慮点と予算規模に合わせた提案
小規模ミュージアムにおいてボランティアプログラムを実施する上で、学芸員のマネジメント負担や、研修・運営にかかるコストは考慮すべき点です。
- マネジメント負担: ボランティアの募集、選考、研修計画、シフト調整、日々のコミュニケーション、評価など、学芸員の業務が増加します。担当者を決めたり、マニュアルを整備したりすることで負担軽減を図ります。
- 研修コスト: 外部講師謝礼、資料印刷費、会場費などが発生する場合があります。
- 運営コスト: 保険料、交通費、交流会費用、広報費などが発生する場合があります。
予算規模に合わせた提案例:
- 低予算:
- 募集は自館ウェブサイトや地域の回覧板が中心。
- 研修は学芸員が担当し、既存のアクセシビリティ関連資料やオンライン情報などを活用。
- 役割は簡単な案内や見守り、清掃補助などに限定。
- 定期的なミーティングや個別の声かけでサポート。
- 中予算:
- 地域のボランティアセンターと連携して募集。
- インクルーシブ化に関する基礎研修について、当事者団体や専門家を一度招聘。
- 役割はより多様な来館者への簡単なサポートを含む。
- 簡単なマニュアルを作成し配布。
- 年1回程度の交流会を実施。
- 高予算:
- 広報活動を積極的に行い、多様な層にアプローチ。
- 体系的な研修プログラムを構築し、外部講師を複数回招聘。実践的なロールプレイングやフィールドワークを含む。
- 特定のニーズ（例：手話ガイド）に対応できる専門ボランティアを育成。
- ボランティアコーディネーターを配置（専任または兼任）。
- 活動に応じた交通費や謝礼を支給。
- 専用の活動スペースやロッカーを整備。
情報源と相談先
ボランティアプログラムの構築やインクルーシブ研修の実施にあたり、参考になる情報源や相談先は複数存在します。
- NPO法人や支援団体: 障害種別ごとの当事者団体や、ユニバーサルデザイン、アクセシビリティに関する活動を行っているNPO法人は、研修講師の紹介や、プログラム構築に関する助言を得られる可能性があります。
- 地域のボランティアセンター: ボランティア募集のサポートや、ボランティアに関する一般的な情報提供、保険制度などについて相談できます。
- 他のミュージアム: すでにボランティアプログラムを導入しているミュージアムに問い合わせて、事例やノウハウを学ぶことは非常に有効です。特に、規模や地域特性が近いミュージアムの事例は参考になります。
- 関連書籍やウェブサイト: インクルーシブデザイン、アクセシビリティ、ユニバーサルマナーに関する書籍やウェブサイトで基本的な知識を得られます。
まとめ：共に創るインクルーシブなミュージアム
ボランティアスタッフは、適切な募集・研修・運営を行うことで、人手不足という課題を克服し、インクルーシブなミュージアムづくりを加速させる強力なパートナーとなりえます。もちろん、ボランティア任せにするのではなく、学芸員が責任を持ち、彼らをサポートし、共に成長していく姿勢が不可欠です。
ボランティア一人ひとりが持つ多様な経験やスキル、視点は、ミュージアム運営に新たな風を吹き込み、より多くの人々にとって居心地よく、学びのある、楽しい場所を創り出すことに貢献します。小さな一歩からでも、ボランティアスタッフとの連携を始め、共にインクルーシブなミュージアムの未来を創り上げていくことを願っております。