感覚過敏・発達障害のある方のためのミュージアムづくり:空間とコミュニケーションの小さな工夫
インクルーシブミュージアムガイドをご覧いただきありがとうございます。
当サイトは、「すべての人が楽しめるミュージアムづくり」を目指す皆様を応援するための情報を提供しています。今回は、多様な来館者の中でも、特に感覚過敏や発達障害など、認知特性に配慮したミュージアムづくりについて焦点を当てます。これらの特性は外見からは分かりにくいため、「見えない障害」と呼ばれることもありますが、多くの方が日々の生活や社会参加において様々な困難を抱えています。ミュージアムにおいても、特定の環境やコミュニケーションが、来館のハードルとなることがあります。
限られた予算や人員の中で、どのようにしてこれらのニーズに応えることができるのでしょうか。大きな改修は難しい小規模ミュージアムでも実践可能な、空間とコミュニケーションにおける小さな工夫について、具体的な方法とあわせてご紹介いたします。
なぜ感覚過敏や発達障害のある方への配慮が必要か
感覚過敏や感覚鈍麻、注意の偏り、衝動性、こだわりの強さなど、発達障害に伴う特性は多様です。これらの特性を持つ方の中には、以下のような困難をミュージアムで経験することがあります。
- 感覚的な刺激: 展示室の音響(BGM、音声解説)、照明(明るさ、点滅)、匂い(展示物、来館者)、人混みによる圧迫感や騒音などが、過剰な刺激となり苦痛を感じる。
- 情報の処理: 一度に大量の情報が提示されると混乱する。指示や解説が抽象的で理解しにくい。予測できない状況への対応が難しい。
- コミュニケーション: スタッフとのやり取りがスムーズにいかないことがある。自身の状態を言葉で伝えにくい。
こうした困難は、来館意欲を削ぎ、せっかく訪れても十分に楽しむことを妨げてしまいます。感覚過敏や発達障害のある方への配慮を進めることは、これらの特性を持つ方々が安心して文化体験を享受できる機会を保障するだけでなく、特定の刺激に弱い方や、情報が整理されている方が好ましいと感じる全ての方にとって、より快適で質の高いミュージアム体験を提供することにつながります。
具体的な配慮のポイント:空間とコミュニケーション
インクルーシブな環境づくりは、高額な設備投資だけではありません。既存の空間やサービスに少し工夫を加えたり、情報提供の方法を見直したりすることでも十分に実現可能です。
1. 空間における小さな工夫
ミュージアムの物理的な空間は、来館者の感覚や認知に大きく影響します。
- 静かな休憩スペースの確保:
- 展示室の賑わいから離れ、静かに休憩できる場所を提供します。専用の部屋を設けることが難しければ、空き部屋の一室を一時的に開放したり、展示室の隅や通路の突き当りなど、人通りの少ない場所にベンチを置くだけでも効果があります。
- 可能であれば、少し照明を落としたり、衝立などで視線を遮ったりすると、より落ち着ける空間になります。
- 休憩スペースがあることを、ウェブサイトや館内マップに明記し、来館者に分かりやすく伝えることが重要です。
- 照明・音響への配慮:
- 展示照明の点滅や極端な明るさは避ける配慮が望ましいですが、展示内容によっては調整が難しい場合もあります。
- 館内BGMや音声解説の音量を適切に調整し、場所によってはミュートできるエリアを設けることも検討できます。
- 対策の一つとして、イヤーマフやノイズキャンセリングヘッドホンの貸出サービスを実施しているミュージアムもあります。初期費用はかかりますが、少量からでも導入を検討する価値はあります。
- 展示空間の配慮:
- 展示の順路を明確にし、迷いにくい動線にします。
- 展示物の配置を詰め込みすぎず、適度な空間を持たせることで、圧迫感を軽減できます。
- 特定の感覚刺激(例:匂い、強い光)が強い展示がある場合は、事前に注意喚起の表示を出すことも有効です。
- 感覚刺激グッズの貸出:
- 落ち着くためのツールとして、フィジェットトイ(手持ち無沙汰を解消するおもちゃ)や重みのあるブランケットなどを貸し出すサービスも、一部の施設で始まっています。
2. 情報提供・コミュニケーションにおける小さな工夫
分かりやすく、予測しやすい情報提供と、配慮あるコミュニケーションは、安心してミュージアムを楽しむ上で非常に重要です。
- 来館前の事前情報提供:
- ウェブサイトやSNSで、館内の様子を詳しく伝えます。例えば、混雑が予想される日時、休憩できる場所の詳細(静かさ、椅子の種類、電源の有無など)、お手洗いの情報(個室の広さ、音)、展示室の照明や音響の雰囲気などを具体的に掲載します。
- 写真や簡単な図解を多用し、視覚的に分かりやすい情報を提供します。
- 可能であれば、「ソーシャルストーリー」のような、来館の流れや館内での行動の目安を伝える資料を作成し、ウェブサイトで公開することも有効です。これは、特定の状況下での適切な行動や手順を物語形式で説明するもので、発達障害のある方などが状況を理解し、見通しを持つ助けとなります。簡単なものから作成を試みることができます。
- 分かりやすいサイン計画:
- 展示解説や案内表示は、簡潔で分かりやすい言葉を選びます。専門用語には簡単な補足説明を加えます。
- ピクトグラム(絵文字)を効果的に使用し、言語に関わらず理解しやすい表示を心がけます。
- スタッフの対応:
- 来館者によっては、質問の意図を理解したり、状況を把握したりするのに時間がかかることがあります。ゆっくりと、穏やかなトーンで話しかけ、相手の反応を待つ姿勢が大切です。
- 一度に多くの情報を伝えず、一つずつ丁寧に説明します。
- 困っている様子の来館者には、「何かお困りですか?」など、優しい声かけをします。ただし、一方的に話を進めるのではなく、相手が答えるのを待ったり、筆談や指差しを促したりするなどの配慮も必要です。
- 館内の落ち着ける場所や休憩スペースの存在を、スタッフが把握し、必要に応じて案内できるようにします。
- 「ヘルプマーク」や「感覚過敏マーク」など、配慮を必要としていることを示すマークについて、スタッフが理解しておくことも有用です。
小規模ミュージアムでの実現策:予算と人員の壁を越える
ご紹介した工夫の中には、高額な費用や大規模な工事を必要としないものが多くあります。
- 静かな休憩スペース: 既存の空きスペースを活用する。誰も使用しない時間帯に、普段は事務室として使っている部屋の一角を開放するなど、柔軟な対応が考えられます。衝立は、比較的安価に入手可能なものもあります。
- 情報提供: ウェブサイトの更新は、既存の体制で行えることが多いです。SNSの積極的な活用も効果的です。ソーシャルストーリーも、専門家でなくても、基本的な構成を理解すれば作成可能です。
- イヤーマフ等: 最初は数個の購入から始め、必要に応じて増やしていくことができます。クラウドファンディングや寄付を募るという方法も検討できます。
- スタッフ研修: 外部の専門家を招くのが難しければ、関連する書籍やウェブサイトの情報をスタッフ間で共有し、自主的な勉強会を実施します。実際の事例を共有したり、ロールプレイングを行ったりするだけでも、対応の引き出しを増やすことにつながります。地域の福祉施設や支援団体に相談し、簡単な研修やアドバイスを依頼できる場合もあります。
重要なのは、完璧を目指すのではなく、できることから一つずつ始めてみることです。来館者の声を丁寧に聞きながら、改善を重ねていく姿勢が最も大切です。
学びを深めるための情報源・相談先
インクルーシブなミュージアムづくりに関する情報は、様々な団体や専門家から得ることができます。
- 障害のある方やそのご家族が運営するNPOや当事者団体は、貴重な当事者の声やニーズを伝えてくれます。
- インクルーシブデザインやユニバーサルデザインの専門家、コンサルタントに相談する。有料となる場合が多いですが、具体的なアドバイスや計画策定の支援を受けられます。
- 他のミュージアムで既にインクルーシブな取り組みを行っている事例を調べる(ウェブサイトや文献)。可能であれば、担当者に直接話を聞くことも参考になります。
- 関連する書籍や論文、厚生労働省や関連団体のウェブサイトで公開されている資料なども情報源となります。
これらの情報源を活用し、学びを深めることで、自身のミュージアムに合った具体的な実践方法を見出すことができるでしょう。
まとめ
感覚過敏や発達障害など、多様な認知特性を持つ方々が安心してミュージアムを楽しめるような配慮は、決して特別なことではなく、すべての人にとって快適で利用しやすい空間づくりにつながるユニバーサルデザインの一環です。
小規模ミュージアムの学芸員の皆様が直面する予算や人員の制約の中でも、今回ご紹介したような空間やコミュニケーションにおける小さな工夫から始めることが可能です。大切なのは、多様な来館者が存在することを認識し、そのニーズに応えようとする「心のバリアフリー」の姿勢です。
一つ一つの小さな実践が、すべての人が文化に触れ、学び、楽しめる、真にインクルーシブなミュージアムの実現へと繋がっていきます。本稿が、皆様の取り組みの一助となれば幸いです。