インクルーシブミュージアムガイド

インクルーシブなミュージアムづくりの計画を立てる:学芸員ができる優先順位と予算配分の考え方

Tags: インクルーシブミュージアム, ミュージアム運営, 計画策定, 優先順位, 予算管理, 学芸員

インクルーシブなミュージアムづくり、何から始めますか?

すべての人が楽しめるミュージアムを目指すことは、今や多くの学芸員にとって重要な課題の一つとなっています。ユニバーサルデザインやアクセシビリティの考え方は理解しているものの、「具体的にどこから着手すれば良いのか」「限られた予算や人員で、どこまで実現可能なのか」と悩む方も少なくないでしょう。特に地方の小規模ミュージアムでは、リソースの制約が現実的な壁となることもあります。

しかし、闇雲に取り組むのではなく、計画的に、そして優先順位をつけて進めることで、限られたリソースでも着実にインクルーシブ化を進めることが可能です。この課題に対し、学芸員が主導して具体的な計画を策定し、実行していくための基本的な考え方とヒントをご紹介します。

計画策定の第一歩:現状の理解と目標設定

インクルーシブ化の計画を立てる上で、まず大切なのは、自館の「現状」を正確に理解することです。

  1. 課題とニーズの把握:

    • 来館者からの声(アンケート、意見箱、スタッフへの直接のフィードバックなど)を収集・分析します。どのような点で不便を感じているか、どのようなニーズがあるかを具体的に把握します。
    • 障害当事者、高齢者、子育て世代など、多様な属性の方々から意見を聞く機会を設けることも有効です。(既存の記事「インクルーシブなミュージアム評価と改善:来館者の声を聞く具体的な方法」「障害当事者との協働・共創の進め方」もご参照ください。)
    • スタッフ(受付、監視員、清掃員、ボランティアなど)からの視点も重要です。現場でどのような困りごとが発生しているか、どのような要望があるかを聞き取ります。(既存の記事「学芸員ができる:チーム内のインクルーシブなコミュニケーションを育む具体策」「学芸員が実践できる:ミュージアムスタッフのインクルーシブ接遇マニュアル作成ガイド」もご参照ください。)
    • 専門家(建築、デザイン、福祉、教育など)の視点からの簡易診断やアドバイスを受けることも、見落としがちな課題を発見するきっかけとなります。(既存の記事「学芸員一人で抱え込まない:インクルーシブ化のための専門家・団体との連携ガイド」もご参照ください。)
    • これらの情報をもとに、館の物理的な環境、情報提供、展示内容、プログラム、スタッフ対応など、多角的な視点から課題点をリストアップします。
  2. 目標設定:

    • 課題リストを踏まえ、「誰が」「どのような状況で」「何ができるようになる」ことを目指すのか、具体的な目標を設定します。例えば、「視覚に障害のある方が、館内の主要な場所や展示室の位置を音声情報で把握できるようになる」「聴覚過敏のある方が、静かな休憩スペースで安心して過ごせるようになる」といった具合です。
    • 目標は一度にすべてを達成しようとせず、段階的に設定することが現実的です。

優先順位の考え方:インパクトと実現可能性

課題リストが膨大になった場合、限られたリソースの中でどこから手をつけるべきか悩むことになります。ここで有効なのが、優先順位付けの考え方です。

以下の二つの視点から、各課題の優先度を評価してみましょう。

  1. インパクト(効果の大きさ):

    • その改善によって、どれだけ多くの多様な来館者(またはスタッフ)がメリットを享受できるか?
    • 特定のニーズを持つ方にとって、その改善がどれだけ深刻な課題の解決につながるか?(例:安全に関わる課題、来館そのものを諦めている原因となっている課題)
    • ミュージアムのコンセプトや地域における役割から見て、特に重要視すべき課題か?
  2. 実現可能性(実施の容易さ):

    • その改善にかかる費用はどの程度か?(予算の目安として、低・中・高などに分類する)
    • 実施に必要な人員や専門知識はどの程度か?自館のリソースで対応可能か、外部に依頼する必要があるか?
    • 改修工事などが伴うか?実施までに必要な期間はどの程度か?
    • 関連部署との調整や合意形成は容易か?

これらの視点を組み合わせ、例えば以下のようなマトリクスで考えると、優先度の高い課題が見えてきます。

まずは、「高インパクト × 高実現可能性」の項目から着実に実施していくことが、成功体験を積み、組織全体のインクルーシブ化へのモチベーションを高める上で有効です。

限られた予算とリソースでの具体的なアイデア

小規模ミュージアムでは、大規模な改修やシステム導入は難しい場合が多いでしょう。しかし、創意工夫次第で低コストでも効果的な改善は可能です。

予算が限られる場合は、助成金の活用(既存の記事「小規模ミュージアムのためのインクルーシブ化資金ガイド:予算計画から助成金活用まで」参照)や、クラウドファンディング、企業版ふるさと納税といった新たな資金調達の方法も検討の余地があります。また、地域のボランティア団体やNPOと連携することで、人的リソースの補強や専門知識のサポートを得られる可能性もあります。(既存の記事「地域の多様な声に耳を傾ける:コミュニティと共創するインクルーシブなミュージアムづくり」「学芸員のための:インクルーシブなボランティアスタッフ募集・研修・運営の具体策」もご参照ください。)

実施、評価、そして継続へ

計画を立て、優先順位を決めたら、次は実行です。計画を実行に移す際は、関係するスタッフ間で情報を密に共有し、必要に応じて役割分担を明確にすることが重要です。

実施した改善策については、必ずその効果を評価します。来館者の反応を観察したり、アンケートやヒアリングで意見を聞いたりすることで、改善の効果を確認し、次のステップに活かします。

インクルーシブ化は一度やれば終わりというものではありません。社会の変化や来館者の多様化に合わせて、継続的に取り組んでいくプロセスです。定期的に計画を見直し、新たな課題に取り組んでいく姿勢が大切です。

まとめ

インクルーシブなミュージアムづくりは、学芸員にとって大きな挑戦かもしれませんが、計画的に、優先順位をつけて、限られたリソースの中で実現可能なことから一歩ずつ進めることは十分に可能です。現状を理解し、目標を設定し、インパクトと実現可能性を考慮しながら優先順位をつけ、創意工夫を凝らして実行し、その効果を評価する。このサイクルを回すことで、着実に「すべての人が楽しめるミュージアム」へと近づいていくことができます。

困難を感じた際には、他のミュージアムの事例を参考にしたり、専門家や関連団体に相談したりすることも有効です。(既存の記事「学芸員が知っておきたい:インクルーシブミュージアム実践のために:学芸員が知っておきたい学びの方法とリソース」「学芸員一人で抱え込まない:インクルーシブ化のための専門家・団体との連携ガイド」もご参照ください。)一人で抱え込まず、様々なリソースを活用しながら、インクルーシブなミュージアムづくりを進めていただければ幸いです。