インクルーシブミュージアム実践のために:学芸員が知っておきたい学びの方法とリソース
なぜ今、インクルーシブ化の学びが必要か
ミュージアムを取り巻く環境は変化しており、すべての人が分け隔てなく文化に触れる機会を提供することが強く求められています。障害者差別解消法の改正による合理的配慮の提供義務化や、多様な背景を持つ来館者の増加は、ミュージアムのあり方そのものを見直す機会となっています。
特に地方の小規模ミュージアムでは、限られた予算と人員の中でこれらの要請に応えていく必要があり、展示の改善やサービスの見直しと並行して、担当者である学芸員自身がインクルーシブ化に関する知識やスキルをアップデートしていくことが不可欠です。
しかしながら、「どこから手をつけていいか分からない」「日々の業務に追われ、学ぶ時間が取れない」「費用をかけずに学びたい」といった課題に直面されている学芸員の方も少なくないでしょう。
本稿では、そうした学芸員の皆様が、インクルーシブミュージアム実現に向けて継続的に学びを深めるための具体的な方法と、活用できる情報源についてご紹介します。
学びを深めるための具体的な方法
限られたリソースの中でも取り組める、実践的な学びの方法をいくつかご紹介します。
1. 日常業務の中での自己学習
最も身近で継続しやすいのが自己学習です。特定の分野を深く掘り下げるというよりは、まずはインクルーシブ化の全体像を把握し、基礎知識を身につけることから始めましょう。
- 書籍・論文: 博物館学に加え、ユニバーサルデザイン、アクセシビリティ、障害学、教育学、社会学など、関連分野の基礎的な書籍を読むことで、多角的な視点を得られます。特定のテーマ(例:視覚障害者の美術館鑑賞、発達障害のある方の博物館利用など)に関する研究論文は、専門的な知見や先行事例を知る上で役立ちます。
- オンライン情報: 公的機関(内閣府、文化庁など)や専門機関、NPOが公開しているウェブサイト、ガイドライン、報告書は信頼性の高い情報源です。国内外のミュージアムのウェブサイトで、アクセシビリティに関する情報を参照するのも参考になります。また、関連分野の専門家や実践者が発信するブログやSNSも、最新の情報や現場の知恵に触れる良い機会となります。
- 動画コンテンツ: オンライン講座プラットフォーム(MOOCsなど)やYouTubeなどには、ユニバーサルデザインやコミュニケーションに関する無料または安価な講座が存在します。視覚的に学びたい場合や、短時間で要点を押さえたい場合に有効です。
2. 他者との連携を通じた学び
インクルーシブ化は、多様な視点を取り入れることが重要です。一人で抱え込まず、積極的に外部と連携し、対話を通じて学ぶことを意識しましょう。
- 他のミュージアム担当者との交流: 同じような課題を抱える他のミュージアムの学芸員と情報交換を行うことは、具体的な解決策やヒントを得る上で非常に有効です。オンラインコミュニティや、学会・研究会などの集まりに積極的に参加してみましょう。
- 障害当事者や支援団体との対話: 可能であれば、障害当事者の方々や、彼らを支援する団体にヒアリングや意見交換の機会を設けていただくよう相談してみましょう。当事者の声に直接触れることで、机上の知識だけでは得られない深い理解と気づきが得られます。講演会やイベントに足を運ぶことも有効です。
- 専門家への簡易な相談: 大学の研究者や、アクセシビリティ、ユニバーサルデザインを専門とするコンサルタント、NPOなどに、まずはメールなどで簡単な相談をしてみることも考えられます。継続的な依頼は難しくても、初歩的な疑問点についてアドバイスを得られる場合があります。
3. 研修・セミナーへの参加
体系的に学びたい、専門的な知識を深めたい場合には、外部の研修やセミナーが有効です。予算や時間に限りがある場合でも、参加しやすい形式のものを選ぶ工夫ができます。
- 公的機関・学会・NPO等の研修: 文化庁、都道府県教育委員会、博物館関連の学会、障害関連のNPOなどが、インクルーシブ化やアクセシビリティに関する研修を実施していることがあります。これらの研修は、信頼性が高く、実践的な内容が含まれている場合が多いです。
- オンライン研修・ウェビナー: 会場に足を運ぶのが難しい場合でも、オンラインで開催される研修やウェビナーなら、移動時間や費用を抑えて参加できます。休憩時間や自宅での受講も可能です。
- 予算に応じた選択: 無料のセミナーや、参加費が比較的安価なものから試してみましょう。特定のテーマに絞った短時間のセッションから始めるのも良い方法です。自治体の職員研修や、関連団体の会員向け研修など、所属する組織や団体が提供する機会がないか確認することも重要です。
- チーム内での勉強会: 外部の研修に参加した内容をチーム内で共有したり、特定の書籍を読み合わせたりする勉強会を企画するのも効果的です。チーム全体の知識レベル向上に繋がり、同僚との対話から新たな発見があることもあります。
活用したい情報源の類型
学びを進める上で役立つ情報源の類型を以下に示します。具体的な名称は変動する可能性があるため、関連するキーワードで検索して最新の情報を入手してください。
- 国の関連機関のウェブサイト: 内閣府(障害者施策、ユニバーサルデザイン関連)、文化庁(博物館振興、文化財活用関連)など。
- 地方自治体の関連部署: 福祉担当部署、生涯学習担当部署などが、地域の情報や支援策を持っている場合があります。
- 博物館関連の学会・団体: 日本博物館協会、全国博物館学会など、学術的な知見や研究会情報が得られます。
- 障害分野の全国的・地域的NPO: 特定の障害に関する専門知識や、当事者の視点、支援ノウハウなど、実践的な情報や相談先として非常に有力です。
- ユニバーサルデザイン・アクセシビリティ関連の専門機関やコンサルティング会社: 専門的な知見や、具体的な改善策に関するアドバイスが得られる可能性があります。
- 国内外の先進的なミュージアムのウェブサイト: アクセシビリティやインクルーシブな取り組みに関する情報を公開している場合があります。特に海外の事例は参考になることがあります。
学びを実践に繋げるために
学んだ知識は、自身のミュージアムの状況に合わせて実践することが重要です。
- まずは、学んだ内容の中から、予算や人員をかけずにできる小さな改善点を見つけ、試してみましょう。例えば、キャプションの文字サイズやコントラストの見直し、ウェブサイトの情報整理などです。
- 学んだ知識をチーム内で共有し、同僚や上司と対話する機会を設けてください。組織全体でインクルーシブ化への意識を高めることが、継続的な取り組みには不可欠です。
- 可能であれば、学んだ知見に基づき、障害当事者の方々などに意見を聞きながら、改善策の効果を確認し、さらに学びを深めるサイクルを回していくことが理想的です。
まとめ
インクルーシブなミュージアムづくりは、一度取り組めば完了するものではなく、社会の変化や多様な来館者の声に応えながら、継続的に学び、改善を続けていくプロセスです。学芸員の皆様一人ひとりが学び続けることが、ミュージアム全体のインクルーシブ化を推進する大きな力となります。
時間や予算が限られている状況でも、自己学習、他者との連携、そしてオンラインなども活用した研修参加など、様々な方法で学びを深めることが可能です。本稿でご紹介した情報源や学びの方法が、皆様のミュージアムにおけるインクルーシブな取り組みの一助となれば幸いです。