インクルーシブなミュージアム評価と改善:来館者の声を聞く具体的な方法
インクルーシブなミュージアム評価と改善:来館者の声を聞く具体的な方法
すべての人が楽しめるミュージアムづくりを目指す上で、一度アクセシビリティやユニバーサルデザインの取り組みを実施したら終わり、ということはありません。来館者のニーズは多様であり、時間とともに変化する可能性もあります。そのため、提供している展示やサービスが実際にどのように受け止められているのかを知り、継続的に改善していく視点が不可欠です。
特に地方の小規模ミュージアムでは、予算や人員に限りがある中で、どのように来館者の声を聞き、それを改善に繋げれば良いのか、具体的な方法が見えにくいかもしれません。しかし、大規模な調査でなくても、日々の運営の中で実践できる評価・改善の手法は存在します。この記事では、来館者の視点を取り入れ、インクルーシブなミュージアムづくりをさらに進めるための具体的な方法をご紹介します。
なぜ来館者の声を聞くことが重要なのか
インクルーシブなミュージアムとは、多様な背景を持つすべての人が快適に、そして有意義に過ごせる場所であることです。この「多様な背景」には、年齢、性別、障がいの有無、国籍、文化的背景、学習スタイルなど、様々な要素が含まれます。
私たちが提供する展示やサービスは、設計者の意図通りに伝わっているとは限りません。特に、自身の経験範囲を超えたニーズへの配慮は、実際にそのニーズを持つ方の声を聞かなければ気づきにくいものです。来館者の声は、表面的な感想だけでなく、施設の使いやすさ、情報の伝わりやすさ、スタッフの対応、感情的な体験など、多角的な視点を提供してくれます。これにより、見過ごされがちな課題を発見し、より実効性のある改善策を講じることが可能になります。
また、来館者、特に多様なニーズを持つ方々が「自分の声を聞いてもらえた」「このミュージアムは自分たちのことを考えてくれている」と感じることは、信頼関係の構築にも繋がります。これは、継続的な来館や、よりオープンなフィードバックに繋がる好循環を生み出します。
小規模ミュージアムでもできる!来館者の声を聞く具体的な方法
限られたリソースの中でも実践できる、来館者の声を聞くための具体的な方法をいくつかご紹介します。複数の方法を組み合わせることで、より多角的な情報を得ることができます。
1. 来館者アンケート
最も一般的な方法の一つですが、設計を工夫することで、インクルーシブな視点からのフィードバックを得やすくなります。
- 質問設計の工夫:
- アクセシビリティに関する項目(例:「展示解説の文字の大きさや色は適切でしたか」「段差などで困った場所はありましたか」「スタッフの対応は親切でしたか」など)を具体的に設ける。
- 自由記述欄を設け、「より快適に過ごすために、改善してほしい点はありますか?」など、提案を促す質問を入れる。
- 特定の利用者層(高齢者、障がいのある方、お子さん連れなど)に特化した質問を用意することも検討する(必須回答としない、分かりやすい言葉を使うなどの配慮が必要)。
- 回答方法の工夫:
- 紙媒体だけでなく、QRコードを読み込むことでスマートフォンから回答できるオンラインアンケートも用意する。
- 大きな文字のアンケート用紙や、記述しやすい場所を提供する。
- 回収箱を複数箇所に設置し、気軽に投函できるようにする。
- 協力のお願い: アンケートの目的(より良いミュージアムづくりのためであること)を明確に伝え、協力をお願いするメッセージを添える。
2. スタッフによる観察と日常の対話
最前線で来館者と接するスタッフは、貴重な情報源です。
- 観察ポイントの共有: スタッフ間で、アクセシビリティや利用者の困りごとに関する観察ポイント(例:特定の場所で立ち止まる人が多い、展示物に近づきすぎて見ている、解説を読み飛ばしている、サポートが必要そうな様子など)を共有し、日常的に意識する。
- 積極的な声かけと傾聴: 困っている様子の来館者に積極的に声をかけ、「何かお困りですか?」「ここは見やすかったですか?」など、対話を通じて率直な意見を聞き出す。その場で解決できることは対応し、難しいことは記録する。
- 情報共有の仕組み: スタッフ間で気づきや利用者からの声を共有する仕組み(日誌、ミーティングでの報告など)を作る。これにより、個別の気づきを組織全体の情報として蓄積できます。
3. 関係者との対話の場
障がい当事者、その家族、支援団体、特別支援学校の教員など、特定のニーズに詳しい方々と定期的に対話する場を持つことは非常に有益です。
- 意見交換会・座談会: 少人数で気軽に話せる意見交換会を企画する。特定の展示やサービスについて、実際に利用してもらいながら意見を聞くといった方法も考えられます。
- アドバイザー制度: 外部の専門家や、障がい当事者グループなどにアドバイザーをお願いし、定期的に評価や改善に関する意見をもらう。謝礼の発生する場合もありますが、専門的な視点からの具体的なアドバイスは非常に価値が高い場合があります。
- ワークショップ形式: 特定のテーマ(例:分かりやすい解説とは?、快適な休憩スペースとは?)について、参加者と共に考えるワークショップを実施する。
4. ウェブサイトやSNSでのフィードバック収集
来館後も声を聞く機会を提供します。
- ウェブサイトに意見フォームを設置: 匿名でも投稿できる意見・お問い合わせフォームを設置し、利用しやすい場所にリンクを貼る。
- SNSでの反応 monitoring: ミュージアムに関する投稿やコメントを確認する。ポジティブな意見だけでなく、ネガティブな意見や改善提案にも耳を傾ける。
- オンラインアンケート: ウェブサイトやSNSを通じて、より詳細なオンラインアンケートへの協力を呼びかける。
収集した声・データを改善に繋げるステップ
声を集めるだけでなく、それを分析し、具体的な改善行動に繋げることが重要です。
- 情報の集約と分類: 収集したアンケート、スタッフの報告、対話内容などを一元的に集約し、アクセシビリティ、展示内容、サービス、施設など、項目ごとに分類します。
- 課題の特定と優先順位付け: 集約した情報から、具体的な課題を特定します。多くの声が寄せられている点、安全に関わる点、比較的少ないコストで改善できる点などを考慮し、改善に取り組む優先順位をつけます。
- 改善策の検討: 優先順位の高い課題に対し、具体的な改善策を検討します。この際、予算や人員、期間といった現実的な制約を考慮に入れることが重要です。複数の部署やスタッフで知恵を出し合うと良いでしょう。外部の関係者に再度相談することも有効です。
- スモールスタートと効果測定: 可能であれば、全てを一度に変えるのではなく、小さな範囲で試行(スモールスタート)し、その効果を測定します。例えば、特定の展示解説だけ文字を大きくしてみる、特定の場所に休憩用の椅子を置いてみるなどです。
- 改善策の実施と情報公開: 改善策を実行に移します。改善を行ったことや、来館者の声がどのように反映されたかをウェブサイトや館内掲示などで来館者にフィードバックすることで、「声が届いている」ことを示し、さらなる協力に繋げます。
継続的な改善サイクルを文化に
インクルーシブなミュージアムづくりは、一度完成したら終わりではありません。来館者の声を聞き、評価し、改善するというサイクルを、ミュージアム運営の日常的なプロセスとして定着させることが理想です。
最初は小さな一歩でも構いません。特定の展示室についてだけ評価してみる、アンケートの項目を一つだけ増やしてみる、スタッフミーティングで「今日の気づき」を話す時間を設けてみるなど、できることから始めてみてください。継続することで、課題発見の感度が高まり、より自然に改善に取り組めるようになるはずです。
参考情報・相談先
- 他のミュージアムの事例: アクセシビリティに関する取り組みを発表している他のミュージアムのウェブサイトや報告書などを参考にします。
- アクセシビリティやユニバーサルデザインに関する専門家・団体: NPO、コンサルタント、研究機関など、専門的な知識や経験を持つ方々に相談することも有効です。インターネット検索や、関係機関(自治体の福祉課、教育委員会など)に問い合わせてみるのも良いでしょう。
- 障害当事者団体: 特定の障害に関する当事者団体に直接相談し、アドバイスを求めることも可能です。
まとめ
インクルーシブなミュージアムづくりは、来館者の「声」という宝物を活用することで、より豊かで実効性のあるものになります。今回ご紹介した方法は、どれも特別な設備や大きな予算を必要とするものではありません。日々の運営の中で、少しの意識と工夫で実践できることばかりです。
来館者の多様な視点に耳を傾け、それをミュージアムの改善に繋げていくプロセスそのものが、すべての人が歓迎されていると感じられる空間づくりに繋がります。ぜひ、今日からできる一歩を踏み出してみてください。