インクルーシブな情報発信入門:ミュージアムのプレスリリース・広報物を改善するポイント
はじめに:なぜミュージアムの情報発信をインクルーシブにするのか
ミュージアムの活動や展示について、多くの人々に情報を届けたいと考えることは、広報に携わる学芸員にとって重要な業務の一つです。しかし、作成したプレスリリースやウェブサイトでの告知文が、本当に多様な人々、例えば視覚に障害のある方、聴覚に障害のある方、認知に特性のある方、あるいは日本語を母語としない方など、誰もが必要な情報を得て、ミュージアムへの来館やプログラムへの参加を検討できる形になっているでしょうか。
限られた人員や予算の中で、広報業務も兼務されている学芸員の方々にとって、インクルーシブな視点を取り入れた情報発信は、新たな負担と感じられるかもしれません。しかし、情報アクセシビリティを高めることは、より多くの潜在的な来館者にリーチし、ミュージアムの魅力を伝えるための有効な手段です。すべての人が情報にアクセスし、理解できる状態を目指すインクルーシブな情報発信は、ミュージアムの公共性、社会性を高める上で欠かせない取り組みと言えるでしょう。
この章では、インクルーシブな情報発信とは何か、そして学芸員が日々の業務の中で実践できる具体的な改善ポイントをご紹介します。専門的な知識や高額なツールは必須ではありません。少しの意識と工夫で、あなたのミュージアムの情報発信をより多くの人々にとって身近で分かりやすいものに変えることができます。
インクルーシブな情報発信の基本的な考え方
インクルーシブな情報発信とは、特定の属性の人々だけでなく、「すべての人が等しく情報にアクセスし、内容を理解し、利用できる」状態を目指すことです。これには、以下のような多様なニーズへの配慮が含まれます。
- 視覚に関する配慮: 文字の大きさ、色使い、コントラスト、代替テキスト、画像説明など。
- 聴覚に関する配慮: 字幕、文字起こし、手話通訳、音声情報提供など。
- 認知・発達に関する配慮: 分かりやすい言葉遣い、シンプルな構成、専門用語の解説、図解、情報の優先順位付けなど。
- 言語に関する配慮: やさしい日本語、多言語対応など。
- 使用する媒体に関する配慮: ウェブサイト、SNS、印刷物、動画、音声など、異なる媒体でのアクセス方法や表示形式への対応。
これらのニーズに対応するためには、まず「どのような人がどのような方法で情報を受け取ろうとしているか」を想像することが第一歩となります。一律の方法ではなく、複数の選択肢を提供したり、情報の提供方法を工夫したりすることが重要です。
プレスリリース・告知文作成における具体的な工夫
日々の業務で最も多く関わる情報発信ツールの一つが、プレスリリースやウェブサイトの告知文です。これらの作成において、すぐに実践できるインクルーシブな視点をご紹介します。
1. 分かりやすい言葉遣いとシンプルな構成
- やさしい日本語の活用: 専門用語や比喩表現は避け、小学生にも理解できる平易な言葉を選びましょう。長い修飾語を避け、一文を短く区切ることも有効です。難しい用語を使用せざるを得ない場合は、注釈や補足説明を加えるようにします。
- 結論や最も重要な情報を最初に: 読み手が短時間で概要を把握できるよう、最も伝えたい情報(展示概要、開催期間、場所など)を冒頭にまとめて提示します。
- 箇条書きの活用: 日時、場所、料金、連絡先、参加方法などの羅列は、箇条書きにすることで視覚的に分かりやすくなります。
- 文章の区切りと余白: 段落をこまめに区切り、適切な余白を設けることで、視覚的な負担を軽減し、内容を追いやすくします。
2. 必須情報の網羅とアクセシビリティ情報の記載
- 基本的な情報の明確化: 「いつ」「どこで」「何を」「なぜ」「どのように」といった5W1Hを明確に記載します。特に日時(開始・終了時間、会期中の休館日など)、場所(住所、最寄り駅、アクセス方法)、料金、問い合わせ先は正確かつ分かりやすく記載することが不可欠です。
- アクセシビリティ情報の記載:
- 車椅子でのアクセスに関する情報(バリアフリー経路、エレベーターの有無、多目的トイレの場所など)
- 手話通訳や文字通訳、音声ガイド、点訳資料などの提供の有無
- 感覚過敏等に配慮した情報(混雑が予想される時間帯、静かな休憩スペースの有無など)
- 補助犬の同伴可否
- これらの情報を、独立した項目として分かりやすく記載する、あるいは関連するセクション(例:「アクセス」や「ご利用案内」など)へのリンクを明記することが推奨されます。ウェブサイトの「アクセシビリティ」ページなど、専用のページを用意し、そこへのリンクを貼ることも有効です。
3. 画像や動画のアクセシビリティ向上
- 代替テキスト(Alt text): ウェブサイトやSNSに画像を掲載する際は、必ず代替テキストを設定します。これにより、視覚に障害のある方がスクリーンリーダーを使用して画像の内容を把握できるようになります。「展示風景」だけでなく、「展示室の様子、正面に縄文土器が展示され、解説パネルが添えられている」のように、具体的な内容を記述します。
- 画像の説明: プレスリリースや重要な図版には、別途、図版の説明文を添えることで、視覚情報が利用できない人にも内容を伝えられます。
- 動画・音声の字幕・文字起こし: イベントや展示紹介の動画を公開する場合は、必ず字幕(キャプション)をつけましょう。聴覚に障害のある方だけでなく、音が出せない環境で視聴する方にも有効です。可能であれば、動画の内容をテキスト化した文字起こしを提供すると、さらに多くの人が情報にアクセスできるようになります。
情報媒体・配信方法の考慮
プレスリリースや告知文は、印刷物、ウェブサイト、SNSなど、様々な媒体で配信されます。それぞれの媒体特性に応じた配慮が必要です。
- ウェブサイト: 全体的なアクセシビリティについては、関連する他の記事(例:「誰もが安心して来館できる情報提供:ウェブサイトとSNSのアクセシビリティチェックポイント」)を参照いただきつつ、告知ページにおいては、フォントサイズ変更機能の提供、十分な文字色と背景色のコントラスト確保、キーボード操作での情報アクセス可否などを確認します。
- SNS: 短く簡潔な文章を心がけ、絵文字やスラングの多用は避けます。ハッシュタグの活用は有効ですが、連続させすぎず、必要な情報を端的に伝えることに集中します。前述の代替テキスト設定も忘れずに行います。
- 印刷物: フォントサイズは小さすぎず、可読性の高いフォントを選びます。背景に複雑な模様を使用しない、文字と背景のコントラストを明確にするなどの基本的なデザイン配慮が重要です。配布場所に点字版や音声コード付き印刷物を置くことも検討できます。
実践上の考慮点と継続的な改善
インクルーシブな情報発信は、一度実施すれば完了するものではありません。継続的に改善を続けていくことが重要です。
- 予算・人員が限られる場合:
- まずは一つの媒体(例:ウェブサイト)から改善を始める、あるいは一つのイベント告知に絞って試行的に取り組むなど、段階的なアプローチを検討します。
- 既存のテンプレートを見直し、アクセシビリティ情報を記載する欄を設ける、代替テキスト設定を必須項目とするなど、ワークフローに組み込む工夫をします。
- 自動ツール(例:ウェブアクセシビリティチェッカー)を活用し、簡易的なチェックを行います。
- チェックリストの作成: プレスリリースや告知文作成時のチェックリストを作成し、必須項目(例:代替テキスト設定、アクセシビリティ情報の記載、連絡先の明確化など)を確認できるようにすると、抜け漏れを防げます。
- 関係者との連携: デザイナー、ウェブ担当者、外部の広報担当者など、情報発信に関わる関係者全体でインクルーシブな情報発信の重要性を共有し、協力して取り組む体制を作ることが理想です。
- 情報源と相談先: インクルーシブな情報発信に関する専門的な情報や具体的な相談先としては、NPO法人や研究機関、アクセシビリティコンサルタントなどが挙げられます。また、他のミュージアムの事例を参考にすることも大いに役立ちます。関連する団体や専門家については、別の記事(例:「学芸員一人で抱え込まない:インクルーシブ化のための専門家・団体との連携ガイド」)もご参照ください。
まとめ:情報発信で開くミュージアムへの扉
インクルーシブな情報発信は、単なる技術的な対応に留まらず、ミュージアムが多様な人々を歓迎し、その存在を知ってもらいたいという姿勢を示す行為です。分かりやすい情報提供は、来館を検討する際のハードルを下げ、結果としてより多くの人々がミュージアムとの接点を持つ機会を増やします。
特に地方の小規模ミュージアムにおいては、限られたリソースを最大限に活用し、地域住民を含む多様な人々に存在をアピールすることが重要です。今回ご紹介したプレスリリースや告知文の改善ポイントは、大きな改修や追加予算を必要としない、日々の業務の中で比較的容易に始められるものが多いかと思います。
まずは身近な情報発信ツールから、小さな一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。すべての人が「行ってみようかな」「面白そうだな」と感じられるような、温かく開かれた情報発信は、必ずやミュージアムの可能性を広げる力となるはずです。